Ois Guade! ―グラーツ留学記―          

酒井 柚

 „Sie san de naige Bewohnarin, gö?“
 („Sie sind die neue Bewohnerin, gell?)
 オーストリア第二の都市グラーツに到着した翌日、入寮手続きのためオフィスを訪れた私は、管理人の女性が発するgö(またはge)という聞きなれない音によって、オーストリアドイツ語、とりわけSteirischと呼ばれるシュタイアーマルク地方の方言の洗礼を受けることとなる。辞書にはgellという形で、„nicht wahr?“に対応する南部方言とあるが、シュタイアーマルク地方ではほとんどllの部分は発音されないようである。これから始まる留学生活に少なからず不安を持っていた私には、捲し立てるように文末につけ加えられるこの音がとてもきつく感じられ、自然と二三歩後ずさりしていた。無論、相手側にはなんの敵意もなく、たいていの留学生は英語ばかりで全然ドイツ語が話せないのに、あなた偉いわね、よく勉強してるわ、と(いうようなことを)言ってくれた(と思う)。彼女の話している言葉は本当にドイツ語なのか、と終始疑いながらも、重要と思われる部分は自分の言葉で言い直し、それを管理人が„Jo.“と肯定する、という形でなんとか話を進めていった。私の部屋は一人部屋で、5人でキッチンやリビングを共有していたが、幸運にもフラットメイトは全員オーストリア人で、皆とても優しく、家に帰ってもドイツ語が使える良い環境であった。開講期が近づき寮生がそろった頃、寮生主催の寮見学ツアーなるものに参加すると、そこでもまた寮長のこてこてのSteirischに呆然としたのだが、その時は同じフラットの友人と一緒に参加しており、彼女が寮長の発言を逐一標準ドイツ語に直してくれたので本当に助かった。



   Karl-Franzens-Unviersität Graz


      Grazer Uhrturm

  そして大学が始まり、留学生向けのドイツ語コースも始まった。私は語学力別の基本コースと、Lese- und Schreib-kompetenzというドイツ語の読み書きに特化したコースの2つに登録したのだが、ここでもまた、聞きなれぬ言葉が我々留学生を襲うのだった。まず基本コースの初回授業で»Überblick über Merkmale des Österreichischen Deutsch«というタイトルのプリントが配布された。それではSteirischの基本から、と先生はまず基本的な音の変化(a→o, al→oiなど。たとえばApfelはOpfel、baldはboidとなる)を説明し、みんなで声を揃えて発音練習をした。もちろん授業で使用するテキストは標準ドイツ語であり、成績に関わる小テストや中間・期末試験においても方言の問題は一切出題されないのだが、たいてい授業開始後10分程度はSteirisch講座に当てられていた。受講生は毎回新たに発見した方言を発表するようになっていたので、私たち留学生は、他の授業での現地学生の発言や、生活の中で聞こえてくる町の人々の会話に耳を澄まし、看板やチラシ、その他のあらゆる文字情報に注目して一週間を過ごした。そのように意識して町や人を観察していると、Backhendl(=Backhähnchen)と書かれた店を発見したり、スーパーで売られているトマトにParadeiserと書かれているのを見つけたりと、日々様々な発見があり飽きることがなかった。


          看板にはBackhendlの文字


           授業資料

 読み書き特化コースは、指定された5冊の推理小説の中から1冊を選び、各自読み進めながら毎回授業でその本に関する作文を書く、というスタイルだった。私が選んだ作品はClaudia Rossbacher作のSteirerkind. Ein Alpen-Krimiという2013年に出版された最新作だったのだが、驚くべきはその巻末資料である。小説を後ろから順にめくっていくと、そこには“GLOSSAR DER STEIRISCHEN UND ÖSTERREICHISCHEN AUS-DRÜCKE UND ABKÜRZUNGEN“なるものが現れる。指定図書のうち3冊が同著者によるもので、シュタイアーマルクを舞台に描かれたシリーズもので、3冊全てにこうした標準ドイツ語対応の用語集がつけられていた。私の選んだ本では、ab-poschen → abhauen、Buam → Jungsと始まり、wischerln → urinierenまで、全41単語が記載されていた。こちらの授業は読解と作文のコースなのだから、あえて方言満載の作品を選ぶこともないとは思うのだが、こうして授業を通じて方言の基礎を学び、生活の中で聞こえてくる方言を意識していたことが、充実した留学生活を送るために非常に重要であったことにその後気付かされることになる。


Schloßbergbühneのクリスマスマーケット


   GlühweinだけでなくGlühbierも

 日常生活では、日本語や日本文化に興味のある学生と知り合い、少しずつ友達が増えていき、その友達の友達とたどって、他専門の学生やその家族、会社員、写真家など本当に幅広い交友関係を持つことができた。親切で愉快な友人たちのおかげで、私は近隣諸国への旅行を企てるということもなく、グラーツ生活を満喫することができた。そしてもちろんここで役立つのが、方言の知識である。自分が実際の会話で使えるのは限られたいくつかの単語程度ではあったが、その覚えた方言を使ってみたり、授業で習った方言について話したりすると、話は自然と広がり、そこでまた新たな方言を教わったりしながら、初めて会った相手とでもすぐに打ち解けられた。そうして私の挨拶はだんだんとGuten TagやGrüß Gottから、Servusやその省略形のSers、またはGriaß Di などに変わっていき、Ja-NeinはJo-Naとなり、nichtはnet、alleはolleとなっていった。そしてドイツ人に指摘されるまで自分では気付く由もなかったが、全体的なイントネーションまでオーストリアドイツ語らしく変ってしまったようである。とはいえ、今でもグラーツ人同士のきついSteirischの会話は本当にドイツ語なのだろうか、と疑うこともしばしばあり、ほとんど理解できないこともあるが、その土地に住む人々とその土地の言葉でコミュニケーションを取ろうとすることが、お互いの距離を縮める一番の近道だったのではないかと、留学生活を振り返って改めて感じている。



          グラーツの街並み

  帰国して3カ月ほどが経ち、私は日本で誕生日を迎えた。グラーツで知り合った友人たちから送られたお祝いのメッセージには、„Ois Guade!“の文字が並んでいた。„Alles Gute!“と言われるよりも、少しだけ彼らとの距離が近くなったように感じて、本当に嬉しかった。

 標準ドイツ語もままならないのに、方言ばかりに気を取られているなんて、と思われるかもしれない。しかしグラーツ大学にはJapanologieも無ければ、日本人の在住者も数えるほどしかいないのだから、日本語や日本文化に興味のある人と知り合うにも限りがある。交友関係を広げる手立ては、人それぞれ、様々な手段が考えられるであろうが、私にとっては「方言」が出会いのきっかけであり、楽しみながらドイツ語を学べる最適の方法だった。そして留学前は自分の将来についての考えも曖昧で、無難な道を選ぼうとしていた私だったが、様々な分野で活躍する人々の職業観や人生観に触れたことで、自分の進路をもう一度考え直し、今は自分の目指す道に向かって必死に突き進んでいるところである。自分が本当にやりたいことは何なのか、そんな進路を決める上では重要でありながら、どこか考えることを避けてきてしまっていた問いを改めてつきつけ、その目標へ向かって一歩踏み出す勇気をくれたグラーツでの数々の出会いに、心から感謝している。


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