広島独文学会

ドイツへ留学して

浦上 あさひ

 私は一昨年から昨年にかけて,交換留学生としてドイツに留学する機会を得た。大学で第二外国語としてドイツ語を始めた私は,それ以来ドイツ語を勉強することに熱を上げ,実際にドイツを自分の目で見ることを夢見ていた。今となっては考えられないことではあるが,留学を希望した当初,私はドイツ留学の目的は,ドイツの歴史的建造物を見ることとドイツ語をひたすら勉強することにあると思っていた。私はドイツの文化や歴史に興味があったが,そのようなものはすべて活字から読み取れるものであると考えていたし,なにより人と関わることが得意ではなかったからである。留学の為に語学を鍛えることは怠らなかったが,ドイツ文化とどのように向き合うかということについてはまったく想像すらしていなかった。

  
           Neckarufer mit Hölderlinturm

 そうであるから,私が留学生活において受けた衝撃は大きかった。ドイツ語はコミュニケーションを行うために必要な手段ではあったが,ドイツ語を話せるからといって,ドイツの生活の中に簡単に入っていけるかというと,そうではない。留学でまず始めに実感することは自分の文化だというが,まさにその通りで,自分がいかに日本という文化に依存した生活をしてきたのかということを実感させられた。私が留学したのはチュービンゲンというバーデン=ヴュルテンベルクの小さな町だったが,初めて町を歩いた時,何もかもが私の知っているものとは違うように見えて,歩くだけで緊張してしまった。ただ歩くだけでそうなのだから,人と対話する時などはもっと大変で,始めの頃は挨拶一つ上手くできずに苦労をした。食文化もまるで違い,初めてスーパーマーケットで買ったパスタの味が口に合わず,早速日本に帰りたいなどと思ったものである。
それでも時間が経つにつれて,日本と違うということ自体を楽しめるようになってきた。最初は不味くてとても食べられないと思っていたドイツ料理も,慣れてくると不思議と美味しく感じてくるものだし,スーパーの怖い顔をしたおばさんも毎日通っていると愛着が湧いてくる。それに様々な国の人と出会い,お互いの国について話すことは楽しかった。その中で日本語や日本文化について相手が興味を持ってくれると,普段は無意識に行っている行動が,他の文化では常識ではないのだということに気づかされて不思議な気持ちになった。今まで国際交流とはあまり縁の無い暮らしをしていた自分には戸惑いも大きかったが,それだけに一層全てが新鮮であった。


       チュービンゲンの町には小さなかわいい家が並ぶ

 とはいえ,私はすぐにドイツでの生活に完全に慣れたわけではない。寧ろ一年が過ぎ留学が終わろうとする頃になっても,異文化による問題というのは常についてまわった。友人の親切が好意的すぎて何をたくらんでいるのかと勘ぐってしまったり,旅行の計画で主張が合わずに,お互いがお互いを身勝手だと旅行中に喧嘩をしてしまったり,悩みは尽きなかった。日本へ帰る直前にハンガリー人の友人が,ハンガリーへの旅行に誘ってくれた時,「行きたくなかったら,行きたくないって言ってもいいのよ。私は未だにあなたが何を考えているのか,時々分からないの。」と言われた時は驚き,自分がやはり日本人であるということを認めざるを得なかった。もちろん私は行きたかったのだが,行く日にちが確保できるか自信がなかったので,はっきりと“Ja” ということを避けていたのだ。これが相手にとっては不可解であり,私の態度を不誠実だと感じたのかもしれない。
 またドイツでの授業に参加することも苦労した点である。ドイツ語が分からないというよりは,他の生徒の授業中の態度が日本の大学での講義とかけ離れているからである。彼らは我先に,と自分の意見を発表したがるので,授業とは黙って聞くものであるというような考えを持っている日本人の学生は圧倒されてしまう。日本人の学生が授業に非協力的であると言いたいわけではない。彼らの発表することは必ずしも内容があるわけではなく,日本でなら「そんなくだらない事のために手を挙げるな。」と思われるような内容であることもしばしばだ。しかし他人の目を気にせずに授業に臨む態度からは,他人の評価を気に掛けない自由な物の考え方を学ぶことができた。そしてそのような,日本風にいうと「厚かましい」態度も私がドイツで学ぶことができたものの一つであると思う。


         クリスマスマーケットでGlühweinを

 このように多くの予想外のカルチャーショックに見舞われた私だったが,ドイツの景観は私の当初の夢を裏切らなかった。チュービンゲンという町は,規模は小さいが中世の街並みの残る,大学の長い歴史を持つ綺麗な町で,天気の良い日はネッカー川でボートを漕ぐ人や川沿いでお昼を食べる人々で賑わった。学生組合が強いつながりを持った町でもあり,学生主体のWGによる映画祭やパーティなど,小さい町ならではの楽しみも沢山あった。

    ネッカー川で留学生の仲間とボートを楽しむ

 祭りと言えば,私の留学中にサッカーのワールドカップが開催された。ドイツほどの実力を持つ国となると,サッカーに対する関心も日本の比ではなく,開幕式を祝う為に町のメインストリートが通行止めになるほどであった。何も知らない私は,街のお祭りか何かだと勘違いしていたのだが,試合が始まると例に漏れず「俄かサッカーファン」になってしまった。特に様々な国から留学生の集まるチュービンゲンにおいては,各国の応援に気合が入っていてナショナリズムをくすぐられる。ドイツ人も普段は過去の歴史を顧みてか,あまり民族意識を主張しない印象を受けるが,サッカーに関してだけは別であるらしい。試合のある日は街中のレストランや居酒屋に大きなテレビが用意され,学生も教授もそろってサッカーにくぎ付けになっている。その盛り上がりはまるで,EUという大きなまとまりの中で普段は抑圧されているドイツという存在を存分にアピールしている,といった感じであった。私の周りにはサッカーのそのような風潮を嫌う友人も多かったが,サッカー肯定派と否定派に分かれるほど,ドイツにおいてサッカーが高い地位にあるのだということに驚いた。
 私のお気に入りスポットはチュービンゲンから電車で20分ほど行った所にあるヘッヒンゲンのホーエンツォレルン城だった。この城は現在の形になったのは19世紀の話であるが,その歴史は11世紀にまでさかのぼる。プロイセン史を勉強している私は,日本にいる時からこの城を訪れることを夢に見ていた。バスは一日に一往復が駅から城のふもとまで走っているだけで,それ以外は歩くしかない。小さな町の山の頂上にそびえたつ城は遠くから見ると,いかにも怪しげな洋館といった雰囲気を帯びているが,近くから見ると男らしい要塞のようなデザインをしている。晴れた日に城の城壁に登ってそこから下を見下ろす風景は幻想的で浮世離れしていて,しばしば時間を忘れて眺めていた。12月に入ると中世風のクリスマスマーケットが開かれ,ライトアップが施された城で中世風の格好をした人々が出店を出している風景は,雰囲気は全く違うのだが,どこか日本の夏祭りを思い出させた。

 
        Burg Hohenzollern


ホーエンツォレルン城でのクリスマスマーケットにて。中世風やサンタの格好をした人が沢山

 日本に帰ってしばらく経った今では,ドイツでの生活が遠い昔のことのように感じる。ドイツ文化に触れる機会が少なくなった事は少々寂しく思うが,改めて日本を再認識すると,日本には日本の美徳や独自の文化があり,それは誇るべきものだと感じる。日本には礼儀や建前と言った一見堅苦しい習慣があるが,その習慣に慣れた人間にはそれが寧ろ人間関係を築くのに便利な形式となっているし,それが私達には人間関係において必要なものなのだ。それに加えて,日本の生活の便利さという利点は手放しがたいものだと感じるし,治安の良さも他の国と比べればかなり良いと思う。しかしドイツを見習うべきところも沢山あるだろう。ドイツでの生活は確かに日本に比べれば不便かもしれないが,それだけ人々が人間らしく働き,生活を楽しんでいるように見える。日本のスーパーでレジ打ちをやっている人は立って仕事をする必要はあるだろうか。レジでお礼をいうことができる客がどれだけいるだろうか。私達はいつも「忙しい」という状態を自分のステータスのように振りかざしていないだろうか。私は留学での経験をもとに,あくまで日本人としての立場に立ちながら,他の文化から見た日本という視点を持ち続けたいと思っている。

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